Hataken / Depth Profile プロフィール いま、メインの活動となっているのはアナログシンセによる表現の追求です。
80年代後半に向島ブルースバンドや自身のロックトリオバンド(一時期はジャズベーシスト、菊地雅章と活動をともにする、当時、菊地はギター、ハタケンはベース。)を経て、 ‘97年頃からアンビエントミュージックの作曲をはじめ、LIVE、DJの活動も本格化。‘98年にサンフランシスコにてzavtone launch partyに参加。「Spectrum」「Pranetalium」「Aquerius」etc…の.テクノ、トランス系クラブイベントのアンビエントサイトでソロとしてLIVEやDJ活動を行う。 ‘99年には初のソロアルバムとなるCD「Life-ing」をリリース、アンビエントな瞑想音楽として「体験する音楽」を提示。 他にアコースティック音楽では、‘99年よりペルシャ伝統音楽のバンド「RUMI」でパーカッション、チェーン付きダフ担当。リーダーはイラン人ネイ奏者シアワシ、タール、サズを佐久間円(Madoka)が担当。 さらに99年−03年まで「RUMI」の弦楽器奏者MADOKAとethnic ambient & tranceunit ‘99年10月より、西麻布「Bullet's」にて木曜日のレギュラー「SHANTI」でレジデントDJを担当、 ‘00年-‘03には毎年アメリカへDJで招かれる、アリゾナ周辺で砂漠の大型イベントや都市部の大型クラブまでサイケデリックトランスを中心にまわす。チルアウトサイトの習慣のないアメリカでアンビエントサイトを設けオールナイトでアンビエントDJを披露。そのころは同時進行していた自由時代、Sevdaも活動のピーク。自由時代はニューヨークのアヴァンギャルドフィルムフェスティヴァルの優勝最優秀作品に自由時代の楽曲が採用され現地で表彰を受ける。 ‘03年にはGreggHunterのライブでエレクトロパーカッションのWAVE DRUMを演奏、レコーディングにも参加、その模様はDakiniからリリースされたLive at Dakini nightで聴くことが可能。 この時には相当にグレッグハンターにインスパイアされました!「アラブ3部作」と呼んでいる名作はその時できました。以降KenMachinesの最初のShadow of Kenを最後にコンピューターシーケンス&フルデジタルな音作りはしなくなり、フルアナログ、No Midiのシステムに。でもそうなるとはなってみるまで思いもしませんでしたが。 ‘03秋、Agehaでのイベントに出演時、同じくブッキングされていた元SHAMENのキーボード奏者、Richard Sharpeと運命的な出会いをし、そのライブスタイル、音楽の趣向で意気投合。彼の長年のユニットKen Machines & the machine elves from hyper spaceに正式メンバーとして参加。自由時代、Sevdaは時を同じくしてメンバー達の出産などもかさなり活動が困難に。以後、デジタルな最新技術による音楽製作手法の追従を終え、アナログシンセの魅力に取り付かれ、アナログな’70-‘80年代のシンセ創生期のシステムと音作りの中に折からの音の周波数的アプローチや音作りの可能性を見出し、以降インプロビゼーションという手法にのっとった、DJの技術や感覚も導入した、システムコントロールによるライブ活動にちからが入る。やがてスーパーギタリストとも出会い、Ken Machinesは3人体制のインプロライブユニットとして’04年には毎月相当な本数のライブをこなした。その模様はアルバム「K」「E」「N」や「Bit ofKM2005」で聴くことが可能。未発表ながら「Shadow ofKen」という2004年初頭にまとめられた初期衝動とも言えるこのアルバムは後にも先にもHatakenデジタルコンピューター環境とアナログシンセのハイブリッドな仕上がりは完成度が高い。以降、コンピューターから音源デバイスをコントロールする手法を離れ、アナログのシステム上でのスタンドアローンなスタイルが確率。ライブパフォーマンスにのめりこむ。 ‘04年、トランスDJプレイ中その音にノックアウトされた藤原大輔から誘われ、アナログシンセ奏者として、QuartzHead ‘05年に入り、Ken MachinesではJonah Sharpeの来日時にはサポートアクトを務め、レコーディングにも参加。Ken Machinesはより完成された曲のライブでの再現を課題とするRichardとよりライブ演奏による即興的な作曲を重要視するHatakenとの音楽的な将来の展望に食い違いが生じ、日本での活動は終了となる。 ‘05年11月10日にはSax奏者、藤原大輔とライブレコーディングを重ねてきた作品がEastWorkEntertainmentのBody Electricレーベルよりリリース。 ‘05年12月には突然ながら今後のKen Machinesの活動は脱退。フルアナログであることにケンマシンの意義をいだいていただけにラップトップ導入に矛盾を感じたこと等、色々と活動形態に限界を感じた。 以降、ソロ活動に入り、実に伸び伸びと毎日全力で音楽三昧の日々を過ごし、拠点となっていた10年来使用してきた『神のみぞ知るスタジオ聖蹟』からデジタル、アナログの機材の山を整理し、アナログシンセとシーケンサー類のコアシステム意外はG4でLive5というハイブリッドなシステムでコンパクトながらパワフルに創作活動中。ライブはケンマシンでも一緒だった、Cari氏やジャズサックス奏者の藤原大輔君を中心とするジャズ関係の人たちと毎月ライブ活動中。 今はまさに次へのシフトの時、安定した流れの中で創作活動、音三昧に没頭中。 何はなくても音楽三昧、音楽馬鹿は今日も音〜!
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