Hataken
 
 

Hataken / Depth Profile プロフィール

 HatakenHtkn / a.k.a. Depth
はエレクトロニカ、テクノアンビエントの作家、即興演奏家、パーカッション奏者、DJで、東京近郊のアンダーグラウンドシーンを中心に地方、海外でも活動しているアーティストです。最近ではジャズ方面のミュージシャンとの交流が深く、さらに活動の場を拡げています。
 演奏家としては民族楽器のパーカッション等も演奏、エレクトロニクスとあわせて幅広く色々なミュージシャンとライブで共演、コラボレートしています。ソロ作品をはじめ、様々な共演者の作品に参加しリリースされています。

 いま、メインの活動となっているのはアナログシンセによる表現の追求です。
音の意識、無意識層への働きかけとその可能性の探求は元来のテーマであり、”永遠の今””創造”をテーマに創作活動をつづけています。このサイトでもそうした活動の内容をご紹介していきたいと思っております。

 

 80年代後半に向島ブルースバンドや自身のロックトリオバンド(一時期はジャズベーシスト、菊地雅章と活動をともにする、当時、菊地はギター、ハタケンはベース。)を経て、
映像プロダクションの制作としても活動を始める。‘95年からホームスタジオにプロ器材を導入。
PR・CM・新人の楽曲等を手懸けながら、バンドサウンドからデジタルサウンドが主流になる。
ヒーリングミュージック、瞑想音楽の作曲、演奏家として90年代前半より活動、
8タイトルのミュージックテープと他のヒーラー、瞑想家等のCD作品の音楽担当。
黄金率の音楽の研究、音の周波数の意識への影響の研究、研究船井総合研究所主催のセミナーでも
「音の意識への影響」などの講演、実演。

 ‘97年頃からアンビエントミュージックの作曲をはじめ、LIVE、DJの活動も本格化。‘98年にサンフランシスコにてzavtone launch partyに参加。「Spectrum」「Pranetalium」「Aquerius」etc…の.テクノ、トランス系クラブイベントのアンビエントサイトでソロとしてLIVEやDJ活動を行う。

 ‘99年には初のソロアルバムとなるCD「Life-ing」をリリース、アンビエントな瞑想音楽として「体験する音楽」を提示。
‘99年の「Equinox」では「WISH」siteでDJを、同サイトに出演していたアーティストのコンピレーションCD「wish」にも参加。その他、「KIN sound -record」のコンピレーションCD「METATRON’S CUBE Behere now」にDepth名義で参加。

 他にアコースティック音楽では、‘99年よりペルシャ伝統音楽のバンド「RUMI」でパーカッション、チェーン付きダフ担当。リーダーはイラン人ネイ奏者シアワシ、タール、サズを佐久間円(Madoka)が担当。
‘00年よりディジュリドゥー奏者GORO、ベリーダンサーMishaalらと「Sevda」結成、Madokaとともに参加。Dakini Nightをはじめ数多くのイベントに参加またSevda主催のイベント『Keravan』ではアラブ系民俗音楽を主軸に展開、そこでDJも努める。Sevdaではベンディール、ダフといった民族打楽器の他にエレクトロニクスも担当、ライブではエレクトロセットも披露、クラブサウンドに対応。

さらに99年−03年まで「RUMI」の弦楽器奏者MADOKAとethnic ambient & tranceunit
「自由時代」を結成し積極的に活動。Vision Quest、Equinox、Labilynthなどの大型レイブ系イベントでダンスのステージ、アンビエントなステージともにこなし、エレクトロサウンドと中東エスニックの融合を実現。

‘99年10月より、西麻布「Bullet's」にて木曜日のレギュラー「SHANTI」でレジデントDJを担当、
’00年から共同プロデュースによる「Embient」でも同様にレジデント。

‘00年-‘03には毎年アメリカへDJで招かれる、アリゾナ周辺で砂漠の大型イベントや都市部の大型クラブまでサイケデリックトランスを中心にまわす。チルアウトサイトの習慣のないアメリカでアンビエントサイトを設けオールナイトでアンビエントDJを披露。そのころは同時進行していた自由時代、Sevdaも活動のピーク。自由時代はニューヨークのアヴァンギャルドフィルムフェスティヴァルの優勝最優秀作品に自由時代の楽曲が採用され現地で表彰を受ける。

‘03年にはGreggHunterのライブでエレクトロパーカッションのWAVE DRUMを演奏、レコーディングにも参加、その模様はDakiniからリリースされたLive at Dakini nightで聴くことが可能。

この時には相当にグレッグハンターにインスパイアされました!「アラブ3部作」と呼んでいる名作はその時できました。以降KenMachinesの最初のShadow of Kenを最後にコンピューターシーケンス&フルデジタルな音作りはしなくなり、フルアナログ、No Midiのシステムに。でもそうなるとはなってみるまで思いもしませんでしたが。

‘03秋、Agehaでのイベントに出演時、同じくブッキングされていた元SHAMENのキーボード奏者、Richard Sharpeと運命的な出会いをし、そのライブスタイル、音楽の趣向で意気投合。彼の長年のユニットKen Machines & the machine elves from hyper spaceに正式メンバーとして参加。自由時代、Sevdaは時を同じくしてメンバー達の出産などもかさなり活動が困難に。以後、デジタルな最新技術による音楽製作手法の追従を終え、アナログシンセの魅力に取り付かれ、アナログな’70-‘80年代のシンセ創生期のシステムと音作りの中に折からの音の周波数的アプローチや音作りの可能性を見出し、以降インプロビゼーションという手法にのっとった、DJの技術や感覚も導入した、システムコントロールによるライブ活動にちからが入る。やがてスーパーギタリストとも出会い、Ken Machinesは3人体制のインプロライブユニットとして’04年には毎月相当な本数のライブをこなした。その模様はアルバム「K」「E」「N」や「Bit ofKM2005」で聴くことが可能。未発表ながら「Shadow ofKen」という2004年初頭にまとめられた初期衝動とも言えるこのアルバムは後にも先にもHatakenデジタルコンピューター環境とアナログシンセのハイブリッドな仕上がりは完成度が高い。以降、コンピューターから音源デバイスをコントロールする手法を離れ、アナログのシステム上でのスタンドアローンなスタイルが確率。ライブパフォーマンスにのめりこむ。

‘04年、トランスDJプレイ中その音にノックアウトされた藤原大輔から誘われ、アナログシンセ奏者として、QuartzHead
conversation 02というデュオが組まれ、それをきっかけにJazz系の箱(PIT INNやSTB139,Nardis等)でのアナログシンセのライブも展開開始。Jazzミュージシャンとのライブセッション、ツアーにも参加。

‘05年に入り、Ken MachinesではJonah Sharpeの来日時にはサポートアクトを務め、レコーディングにも参加。Ken Machinesはより完成された曲のライブでの再現を課題とするRichardとよりライブ演奏による即興的な作曲を重要視するHatakenとの音楽的な将来の展望に食い違いが生じ、日本での活動は終了となる。

‘05年11月10日にはSax奏者、藤原大輔とライブレコーディングを重ねてきた作品がEastWorkEntertainmentのBody Electricレーベルよりリリース。

‘05年12月には突然ながら今後のKen Machinesの活動は脱退。フルアナログであることにケンマシンの意義をいだいていただけにラップトップ導入に矛盾を感じたこと等、色々と活動形態に限界を感じた。

以降、ソロ活動に入り、実に伸び伸びと毎日全力で音楽三昧の日々を過ごし、拠点となっていた10年来使用してきた『神のみぞ知るスタジオ聖蹟』からデジタル、アナログの機材の山を整理し、アナログシンセとシーケンサー類のコアシステム意外はG4でLive5というハイブリッドなシステムでコンパクトながらパワフルに創作活動中。ライブはケンマシンでも一緒だった、Cari氏やジャズサックス奏者の藤原大輔君を中心とするジャズ関係の人たちと毎月ライブ活動中。

今はまさに次へのシフトの時、安定した流れの中で創作活動、音三昧に没頭中。

何はなくても音楽三昧、音楽馬鹿は今日も音〜!

 

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